住まいる日記

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リサイクルは日本の文化

日本の職人技術と「もったいない文化」が融合したリサイクルは戦国入代末期にすでにあった。

戦で瓦礫と化した博多の町、そこから石や瓦を積み上げて造られた「博多塀」は、簡単なように見えるが専門家から見ると卓越した左官技術に裏打ちされた高度な仕事です。

表面化粧仕上げができるように塀面に凹凸はほとんどなく面一に揃えています。
さらに耐震性・強度は先の西南沖地震が証明しています。

また、この瓦のラインと点在するゴロタ石の大きさと色合いの妙が何とも美しいではありませんか。

聖福寺と櫛田神社、塀の表情が多少違うのは何なのでしょうか?


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聖福時

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櫛田神社

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龍宮寺

博多区冷泉町にある龍宮寺の御門とその境内にある人魚塚です

貞応元年(1222年)冷泉津に人魚のようなものが流れつき、地元の人は驚いてこれを鎌倉幕府に報告した。

博多古地図によると、丁度今の櫛田神社前から平尾〜村長浜まで袋状の湾になっており冷泉津と呼ばれたいました。その櫛田神社前の砂浜で捕獲されたことになっています。

博多古地図
博多古地図
左側の湾が「冷泉津」、その左側(東の浜)で捕獲されたと記してある。右(西)隣の湾は「草香江」


朝廷から勅使の冷泉中納言が博多に派遣され、検分しこれを人魚と認定。
(これにより冷泉という地名が使われた)

手厚く葬るようにと寺内浮御堂(当時の龍宮寺の名前)の人魚塚に骨の一部を埋葬し、その他の骨を寺で保管しておいた。

このとき、人魚というものは龍宮から来たものだといって寺の名前を「龍宮寺」と改名したという。

龍宮寺
龍宮寺御門 博多区冷泉町

人魚塚

人魚塚 博多区冷泉町

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博多情緒めぐり

先週土曜日(10/18)建築士会福岡支部の勉強会で、博多に現存する「古いもの」「懐かしいもの」「残したいものを」4時間かけて観て周りました。

午後1時に祇園駅前に集合し、承天寺を皮切りに妙楽時(ういろうの伝来地)
〜東長寺(空海が唐から帰国後最初に建立した寺院で高野山よりも古い)
〜龍宮寺(ここには人魚塚があり人魚の”骨?”も伝えられています。)

〜聖福寺(お茶の発祥地)〜西門蒲鉾(博多老舗の蒲鉾店)〜将軍地蔵・葛城地蔵
〜大博通りの博多古地図で人魚捕獲地点を確認〜善導寺〜妙典寺
〜「濡れ衣を着せる」の語源にもなった濡れ衣塚〜海元寺

〜島井宋室屋敷跡〜万四郎神社〜豊国神社(神谷宋湛が豊臣家を祭った)
〜大同庵跡(秀吉に京都から追われた大徳寺古渓の庵)

川上音二郎生誕地〜綱敷天神〜大乗寺跡〜櫛田神社

博多は、大陸文化の入り口だったということが本当に良くわかる散策でした。

櫛田神社に着いたときは脚がパンパンで、
そのあと懇親会のビールが美味かったこと!


博多

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岩手は摩訶不思議

先月始めに仕事で岩手県は盛岡市に行く機会がありました。
岩手県には奇妙な魅力を感じ、若いころからとっても興味を抱いていまして、一度は訪れてみたい地域のベスト3(国内で)に入っていました。

ほとんど訪れることはありえないだろうと思っていたところ、7月に起きた岩手県北部沿岸地震での住宅被害調査のために行く機会に恵まれた次第です。
地震被害のほうは当局発表のM6.4(ホンと?)の割には、ほとんど被害は見受けられませんでした。
こちらのほうはそれで一安心。

で!

なぜ、岩手県に関心・興味を抱いていたかと言えば、二十歳前後に読んだ数冊の本に影響されています。

一冊は吉本隆明の「共同幻想論」(幻想論3部作の1つ)を読み、その中に柳田國男の「遠野物語」を取上げて、その物語の現象についての考察があります。そこで「遠野物語」を読んだところ、こんなエキセントリックで幻想に満ちた村があるのか?、有ったのかと非常に関心を持ち始めました。

また私、宮沢賢治も大好きな作家の一人でして、賢治の活動拠点も岩手県花巻市、賢治の世界観にはこの岩手の山・森・盆地・河川などの自然が色濃く影響していると読む作品ごとに感じていました。
賢治のホームグランドのは皆さんも訪れたいのではありませんか。

ちなみに、宮崎駿の世界は、宮沢賢治の世界観にある種通じている気がします。

宮沢賢治の活動した花巻市と遠野市は銀河ドリームライン(釜石線)で結ばれています。銀河ドリームラインは花巻市と釜石市を結ぶ1067Kmの軌道間で、ほぼその中間に遠野市は位置しています。

そして今ひとつが、井上ひさしの「吉里吉里人」です。

岩手県南部に「吉里吉里村」という村があり、その村が高度な医学や金本位制を駆使して、冷遇され続けた日本国からの独立を図る吉里吉里国と、それを阻止する日本政府とのドタバタを交えながら描かれた長編空想物語です。腹をかかえ笑いながら読んだのを覚えています。自分たちは日本人ではなく吉里吉里人なんだと叫ぶ地域性は拍手喝采、背景には、朝廷から蝦夷と呼ばれ冷遇された平安の昔からの東北地方の歴史を暗喩しているのかも知れませんね。

私は、肥後人?博多人?どっち?

最後は漫画ですが、村上もとか著の「六三四の剣」、当事少年マガジンに連載されていました。
ここで岩手県出身の主人公六三四少年が、富士山よりも美しいといわれる「岩手山」を父子でいつも仰ぎ見ている情景があり、岩手県民の心の象徴のように描かれていたのが印象的で、そんな富士山より美しくはないだろうと思いつつも、その「別名:岩手富士」を是非見てみたいと思っていました。

10日ほど盛岡市にいましたが、きれいにはっきり望めた日は1日も有りませんでした。残念!!

金色堂
樹齢数百年?の杜、奥州平泉の中尊寺金色堂


北上川
月見坂から望む、北上盆地を流れる北上川

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植物の力

ガレージから玄関前までのアプローチに植物が植わりました。
梅雨時期で、3週間ほど遅れましたが、植える前と後では、雰囲気がガラット変わりました。

アメリカハナミズキを3本、その間に隣地境界・隣家の見苦しさを克服する手段として、グランドカバーとしてヒイラギナンテンを、目隠し代わりの垣根にローリエを植えました。一段と見栄えが良くなりました。 イメージ通りです。
後は樹木のアッパーライトとアプローチ・ガーデンライトを設置すればもっと良くなるでしょう。

植物のもつ癒力ってすごい。植物のもつ偉力ってもっとすごいです。

今日、洞爺湖サミットでは地球温暖化に伴うCO2削減について会議されています。

人間が1日に排出するCO2は寝起きしてるだけで1Kg、1年間では365Kgになりますが、
社会生活から衣食住、全てを勘案すると、日本人は1年間で一人当り10トン排出しているそうです。
アメリカ人は2倍の20トン/年、インド人は1/10の1トン/年だそうで、経済力通りの排出量です

少なくとも自分の自然に排出したガス(OC2)、1Kg/日分は回収したいものです。
最低限の生活を享受する権利が人間にはあります。同時に自分の排出した分を回収するのも人間の義務です。権利を主張すれば、漏れなく義務がついてきます。
そこでこの植栽でCO2削減にどれだけ寄与できたか不明ですが、できるだけ広葉樹を、緑を敷地内に植えていくのは私たちの義務だと思っています。


AFTER
アプローチ

BEFORE
吉村邸アプローチ02

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