住まいる日記

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輪王寺山門

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雨の輪王寺in 仙台

調査後 時間ができたので、案内されるまま訪れてみました


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七ヶ浜町

2011年3月11日大震災の二日後から現地入りし、今現在も建物の被害調査をしています。
5月までは何やかやと被害調査で忙しく、被災地をゆっくり見れませんでした。
6月に入り調査が一段落し少し余裕も出てきましたので、あちこち足を伸ばして被災地をこの目で見るべく、できる限り歩いてみることにしました。

仙台市の北にある七ヶ浜町です。
仙台市内から車で30分の手近な海水浴場のある町ですが、この町も津波の被害を受けました。


土地の高さが

手前に写るのは、住宅のコンクリート基礎ですが、工事の途中ではありません。
上屋が津波で流され、基礎だけが残った状態です。しかしこのコンクリート基礎も移動し傾いています。
地震と津波による合わせ技によるものです。

背後の団地は高台にあるため津波被害を免れたようですが、南三陸町志津川で同じように高台にあった高齢者施設は津波被害を受けていました。海岸からの距離も1Km以上離れ、より高い位置にあったにもかかわらずです。

流出

大震災から3ヶ月経とうとしていますが、周囲はまだまだその爪あとの生々しさが残っています



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リサイクルは日本の文化

日本の職人技術と「もったいない文化」が融合したリサイクルは戦国入代末期にすでにあった。

戦で瓦礫と化した博多の町、そこから石や瓦を積み上げて造られた「博多塀」は、簡単なように見えるが専門家から見ると卓越した左官技術に裏打ちされた高度な仕事です。

表面化粧仕上げができるように塀面に凹凸はほとんどなく面一に揃えています。
さらに耐震性・強度は先の西南沖地震が証明しています。

また、この瓦のラインと点在するゴロタ石の大きさと色合いの妙が何とも美しいではありませんか。

聖福寺と櫛田神社、塀の表情が多少違うのは何なのでしょうか?


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聖福時

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櫛田神社

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龍宮寺

博多区冷泉町にある龍宮寺の御門とその境内にある人魚塚です

貞応元年(1222年)冷泉津に人魚のようなものが流れつき、地元の人は驚いてこれを鎌倉幕府に報告した。

博多古地図によると、丁度今の櫛田神社前から平尾〜村長浜まで袋状の湾になっており冷泉津と呼ばれたいました。その櫛田神社前の砂浜で捕獲されたことになっています。

博多古地図
博多古地図
左側の湾が「冷泉津」、その左側(東の浜)で捕獲されたと記してある。右(西)隣の湾は「草香江」


朝廷から勅使の冷泉中納言が博多に派遣され、検分しこれを人魚と認定。
(これにより冷泉という地名が使われた)

手厚く葬るようにと寺内浮御堂(当時の龍宮寺の名前)の人魚塚に骨の一部を埋葬し、その他の骨を寺で保管しておいた。

このとき、人魚というものは龍宮から来たものだといって寺の名前を「龍宮寺」と改名したという。

龍宮寺
龍宮寺御門 博多区冷泉町

人魚塚

人魚塚 博多区冷泉町

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