住まいる日記

脇役を演じたい

帯のコピーとタイトルの不思議さが面白くて買って読んでみました。
結果的には4星で非常に面白く読みました。

内容は当然のこと面白いし、本の構成も「現在」と「過去」が交合に進んでいくカットバック方式で、読み進むほどに「わくわく」「どきどき」していきます。

「現在」は、地方大学に進学した青年学生の目線と言葉で進められ、「2年前の過去」は若い女性の目線と言葉を中心に進められていきます。

ほとんど全ての、小説や映画には主人公がいてその周りを脇役が固め、主人公を中心に主人公の目線で進められていきます。そしてこの本の物語も例外ではないのですが、「現在」の主人公が、「過去」の脇役メンバーの中に飛び入り参加する形になっていき。最後のほうではいつしかその青年学生は脇役的存在になっていきます。

この小説の一説にこんなフレーズがあります。「現在6」で主人公の青年学生が考えます。
僕はいかにも自分が主人公であるような気分で生きているけど、よく考えてみれば、他人の人生の中では脇役に過ぎないそんなことにいまさらながら気がついた。河崎たちの物語に、僕は途中参加しているのかもしれない。自分で自覚している以上に、僕は間が抜けている

私、読んだ後もずっとこの一説が頭から離れませんでした。なぜか?当たり前すぎるから?
人生のなかで自分が主役とすれば、家族である父母、兄弟、妻、子供たちは脇役でしょうか。いつも私の視覚・聴覚・記憶の中にいます。逆に家族にとって私は脇役でしょう。

では、家族以外の友人知人の人生の物語を構成する面子の中に、私はいったどれだけ脇役として入れているのだろう?・・・と。
では「建築家という職」の中では?、
人生のビッグイベントである「家を建てる」という物語の中で、クライアントの方々の脇役として、確実にはっきりと飛び入り参加できているのだろうか?もしかしたら脇役なんておこがましく、大部屋、通行人的存在でではないだろうか?・・・と。

「他人の物語の中でいい脇役になりたい」そんなことを考えさせてくれる一冊でした。

いい作家です。

表紙

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完成

竣工


4月に完成。引渡しも終わりました。
計画当初からあった柿木も、ご覧のようにオープンダイニングの天蓋(木陰)として再利用。
柿木の下の木陰にテーブルなどを出して、枝豆でビールでも・・・。気持ちいいでしょうね?

ロートアイアンの門扉からこのオープンダイニングまで枕木のウッドデッキが導いてくれます。

完成写真は近日中にホームページにアップします。

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